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2024/7/14 ヨハネの福音書18章1〜11節「大胆な容疑者」

ヨハネの福音書18章に入ります。前回まで、最後の晩餐の洗足、遺言説教、結びの祈りを見てきました。いよいよそこから立ち上がり、イエスはエルサレムから園に行きました。ヨハネは「ゲツセマネの祈り」や裏切るユダの口づけなどは省略しています。ヨハネはイエスの逮捕から十字架を、人の罪の結果というより、神の栄光として描きます。この逮捕でもそうです。

 1これらのことを話してから、イエスは弟子たちとともに、キデロンの谷の向こうに出て行かれた。そこには園があり、イエスと弟子たちは中に入られた。一方、イエスを裏切ろうとしていたユダもその場所を知っていた。イエスが弟子たちと、たびたびそこに集まっておられたからである。それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやパリサイ人たちから送られた下役たちを連れ、明かりとたいまつと武器を持って、そこにやって来た。

兵士の「一隊」とは六百人規模を指す言葉です。弟子とイエスを合わせて12人の、50倍。その大人数に加えて、祭司長やパリサイ人たちの下役もいて、それが明かりと松明(たいまつ)と武器を手にもって、という大捕り物です。抵抗を恐れたのでしょうか、逃がさないためでしょうか、イエスだけだと分からないから、弟子たちも一網打尽にするつもりだったのでしょうか。しかし、

 4イエスはご自分に起ころうとしていることをすべて知っておられたので、進み出て、「だれを捜しているのか」と彼らに言われた。

知っていた、のです。そして逃げ隠れするどころか、自ら進み出て、問われたのです。[i]

彼らは「ナザレ人イエスを」と答えた。イエスは彼らに「わたしがそれだ」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒に立っていた。

「わたしがそれだ」。欄外注に「ギエゴー・エイミ」とあります。8章24節でもお話ししたように、ヨハネが繰り返すキーワードです[ii]。出エジプト記3章で、神がご自身の名を「わたしは「わたしはある」という者である」と名乗りました。この短縮が旧約聖書で「主」と太字で書かれる神の呼び名です。主という短い名前に、神が「わたしはある」という自立自存の存在が宣言されています。また日本語では「わたしはいる」とも訳せます。いつどこでも神は「わたしがいる」と言われる、臨在のお方です。またこの言葉はむしろ「わたしは〇〇である」と繋がった方が自然で、神は「わたしはなりたいものになる/あなたがたの神となる/あなたがたの救い主となる」と宣言する方です。そういう比類のない名前です。その名前でイエスは名乗りました[iii]。だから「イエスが彼らに「わたしがそれだ」と言われたとき、彼らは後ずさりし、地に倒れた」。この名前に魔法があって人が倒れたのではありません。ユダヤ人にとっては後ずさりせずにはおれないとんでもない冒涜、恐ろしい発言で、彼らは倒れたのでしょう。5節の繋がりでいえば、そこに立っていたユダも一緒に倒れたのでしょうか。600人の武器をもった人々なのに、イエスの言葉は彼らを圧倒します。そこからこの逮捕劇が始まるのです[iv]

しかし、イエスは「わたしがそれだ/わたしはある(エゴー・エイミ)」と名乗る、まさしく主なる神のひとり子の神でありながら、「わたしがそれだ。このわたしを捕えるとは何様だ。わたしが何者か、分かっても、まだ逮捕するつもりか」とは言いません。この場を引っ繰り返すことも朝飯前に出来たでしょうに、そうはしません。いや、まったくそれとは反対を見ているのです。

 7イエスがもう一度、「だれを捜しているのか」と問われると、彼らは「ナザレ人イエスを」と言った。イエスは答えられた。「わたしがそれだ、と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人たちは去らせなさい。」

捜しているのはわたしなのだから、弟子たちには手をかけず、去らせよ、と命じるのです。勿論これは交換条件ではありません。弟子も守り、自分も守りたければ、いくらでも方法はあるでしょう。そういうことは考えもせず、逮捕を受け止め、弟子たちを守ることに心を砕く。

 9これは、「あなたが下さった者たちのうち、わたしは一人も失わなかった」と、イエスが言われたことばが成就するためであった。

この言葉は6章39節と17章12節が欄外にある通り、イエスが今までに言った言葉です[v]。うがった見方をする学者は、この9節はヨハネが間違ったのだ、霊的に失わないと言ったのを、逃亡に当てはめている、というそうです。それぐらい意外ですが、イエスは弟子に犠牲を求めません。自らが弟子を守ることに心を注ぐのです。でもこれはまだ弟子たちには分かりません。

10シモン・ペテロは剣を持っていたので、それを抜いて、大祭司のしもべに切りかかり、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。

夜に耳を切り落とすなんて、よっぽど慣れた達人でなければ出来ませんから、ペテロは闇雲に振り回して、近くのこの人の耳に当たってしまったのでしょう。それはせっかくイエスが弟子たちを守ろうとしたのに、台無しにするような行動でした。それをもイエスは止めさせます。

11…「剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯を飲まずにいられるだろうか。」

杯とは旧約で、神の裁きを表す言葉ですが、ヨハネが使うのはここだけです。そしてこれも「飲まないわけにはいかない」と渋々、仕方なくではなく、「飲まずにはいられない」なのです。「歌わざるを得ない」と「歌わずにいられない」は大違いでしょう![vi] 自ら強い決意を込めて選んで、この先の苦難の杯を父が下さった、と飲み干すのです。弟子たちも杯も、父が下さったのだ、と大切に、心を込めて扱われる。「本当は嫌だけど」は一ミリもないのです。

「わたしがそれだ(エゴー・エイミ)」「わたしはある」という名は、この天地の造り主なる神が、エジプトで奴隷として虐げられていた民に対して

「わたしはあなたを奴隷の家エジプトから導き出したあなたの神である」

と名乗ることに結びつきます。人間として生き方を失い、奪われていた人々を救うため、彼らの神となったのが主です。その主が、私たちを救うために、ナザレの田舎者、どこにでもある名前のイエスとなってくれました。また、弟子たちの体も心も守るために心を砕き、自分のいのちをも惜しみませんでした。そのことがまだピンと来ず、剣を抜いたり、攻撃的に――いいえそう見えて心はパニックや臆病で真っ白で、ますます事態を拗(こじ)らせてしまうような――行動を取ったりしりかねない、そういう私だと思うかもしれません。その上、やはり「剣をさやに収めよ」というイエスよりも、勇敢で強いふりを求めるイエスを思い描いてしまうのです。強く、罪など犯さず、苦労を掛けない弟子の方が好きだろう。逮捕されるなんて、本当は嫌だったのだろう、杯も本当は飲みたくなかったろう、と私たちは思い込んでいます。

繰り返しますが、ヨハネはそうではないイエスを伝えます。自ら進み出るイエス、「わたしはある」と言うイエス、そしてその権威を、自分を守るためではなく、自分を惜しみなく捧げて、弟子たち・私たちを一人も失わないために用い、杯を「(飲まざるを得ず、でなく)飲まずにいられるだろうか」と進み出る主、であるのです。このイエスが私たちの主であるのです。

捕まえに来た人々がイエスの「わたしがそれだ」を聞いて、後ずさりして倒れたのを、イエスの言葉の力だ、神の威力が示されたのだ、と力説する説教者もいます。もしそう読みたいのであれば、それは、他でもない私たち自身が、この主の言葉によって倒されることへの願いにしましょう。正しくいたい自分、攻撃的になってしまう自分、誰かや自分を犠牲にしてしまう私。そういう私が、イエスとは誰か、いや、私たちがずっと捜し求めているのがこのイエスだったと知る。それも私たちを威圧する栄光でなく、その栄光もいのちも献げることを厭わなかったイエスだと知って、剣を握りしめるような手を開き、私の神となってくださっている主にひれ伏す。そういう思いを、今日新たにさせられるのです。

「「わたしはある」と名乗られるあなたが、私の救い、私たちの神となり、十字架で栄光を現されました。私たちがあなたのものとされている、計り知れない幸いを感謝します。私たちの体もいのちも深い恵みによって守られ、決して失われることがない。ここに私たちは跪いて平伏しつつ、踊り上がっていのちを戴いた喜びを祝います。あなたのためと力むのではなく、あなたが愛おしむいのちを、私たちも愛おしみ、守り、癒して、御栄光を映し出させてください」

[i] 「園」とあるのは、ヨハネの福音書だけからの情報です。「ラムプもまた言っている。「第一のアダムは園にて身を隠し、第二のアダムは進んで敵に面したもうた。前者は罪を犯した者であるが、後者は罪なき人だったからである」と。イエスの十字架は、彼が覚悟の上でこれに臨みたもうたことが、それによっても察しられる。」山室軍平、190ページ

[ii] エゴー・エイミ https://blog.goo.ne.jp/kaz_kgw/e/19c8c7704dc9b16bc8a11845ac407336

[iii] もう一つ言えば、1章38~39節で、イエスと二人の弟子の初対面の会話もここには重なります。私たちが、自分でも気づかずに、何かを求め、誰かを捜している、その渇きに、イエスは根本的に「わたしがそれです」と答えるお方です。

[iv] 「復活はすでに起こっている復活とは、単に死後の命のことではありません。何よりもイエスの受難のうちに、すなわち待つことの中にほとばしり出ています。イエスの苦難の出来事は、受難のさなかさえも、それを打ち破る復活を差し示しています。群衆がユダに導かれてゲッセマネにやって来ました。「イエスは・・・・・・『誰を捜しているのか」と言われた。彼らが『ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは『わたしである」と言われた。・・・・・・イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。そこで、イエスが『誰を捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは『ナザレのイエスだ』と言った。すると、イエスは言われた。『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい』」(ヨハネ18・4~8)。まさにイエスは受難に引き渡されるとき、ご自分の栄光を顕しました。「誰を捜しているのか…わたしである」という言葉は、遠い昔のモーセと燃える柴の場面と共鳴します。「わたしはある。わたしはあるという者だ」(出エジプト3・1~6、11参照)。ゲッセマネにおいて、神の栄光が顕れ、人びとは地に倒れました。それから、イエスは引き渡されました。引き渡されることの中にすでに、私たちに身をまかされた神の栄光が見えます。神の栄光は復活と同様、受難を引き受けたことの中に示されているのです。「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである」(ヨハネ3・14~15)。イエスは逆らわない犠牲者として上げられます。ですから十字架は、忌まわしいしるしです。同時に、イエスは栄光のうちに上げられました。ですから十字架は同時に、希望のしるしとなりました。ここで突然のように気づくことは、神の栄光、神の神性は、まさにイエスが最も犠牲を強いられた受難によって、ほとばしり出ているということです。ですから新しい命は、三日目に復活したことだけでなく、すでに受難において、引き渡されることのうちに目に見えるものとなったのです。なぜでしょうか。それは受難において、神の愛の全容が輝き出るからです。それは何にも増して、待ち望む愛であり、支配しない愛です。私たちは、いかに周りからなされるままの存在であるかを痛切に感じるとき、気づきもしなかった新しい命に触れるようになります。それは、病んでいる友人と私がいつも話題にした問いでした。病という受難のただ中で、新しい命を味わうことはできるでしょうか。病院のスタッフからなされるままの状態で、すでにそこに備えられた深い愛に気づくことができるでしょうか。それは、すべての治療行為の背後にあって、まだ十二分には味わっていない愛です。ようやく友人と私は、苦難と受難のさなかに、待っていることのただ中ですでに、復活を経験できることに気づき始めました。」ナウエン、124〜125ページ。

[v] ヨハネの福音書6章39節(わたしを遣わされた方のみこころは、わたしに与えてくださったすべての者を、わたしが一人も失うことなく、終わりの日によみがえらせることです。)、17章12節(彼らとともにいたとき、わたしはあなたが下さったあなたの御名によって、彼らを守りました。わたしが彼らを保ったので、彼らのうちだれも滅びた者はなく、ただ滅びの子が滅びました。それは、聖書が成就するためでした)。また、3章17節(神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。)、10章28~29節(わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは永遠に、決して滅びることがなく、また、だれも彼らをわたしの手から奪い去りはしません。29わたしの父がわたしに与えてくださった者は、すべてにまさって大切です。だれも彼らを、父の手から奪い去ることはできません。)、12章46節(わたしは光として世に来ました。わたしを信じる者が、だれも闇の中にとどまることのないようにするためです。)も。

[vi] https://edujapa.com/mikke/level/3/naiwakeniha_zaruwoenai/