2023/11/19 ヨハネの福音書12章9~11節「イエスだけでなくラザロも」
今日の説教題「イエスだけでなくラザロも」としました。二つの意味で、ここに書かれていることです。一つは
9大勢のユダヤ人の群衆が、そこにイエスがおられると知って、やって来た。イエスに会うためだけではなく、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロを見るためでもあった」[i]。
ラザロは前の11章で、病気で死んで四日目にイエスがよみがえらせた人で、イエスのいのちを実証する生き証人です。イエスを疑ってかかり、反発していた人々も、イエスが死者をよみがえらせたことを聞いて、考え直し、立場を踏み越えて、イエスとラザロを見るためにやって来た、のです。ラザロが死人の中からよみがえらされたこと、それはイエスが地上でなさった最後のしるしです。やはり大きなインパクトがあったのです。
だからこそ、それは祭司長たち権威筋にとっては脅威でした。ですから10節にあるように
祭司長たちは[イエスだけでなく]ラザロも殺そうと相談した。
のです。それは
11彼のために多くのユダヤ人が去って行き、イエスを信じるようになったからである。
ラザロが脅威だった、というよりも、ラザロのせいで大勢の支持者層が離れて行ったため、ラザロも葬ってしまえ、という非常に乱暴で、巻き添えを厭わない考えですね。この後17節でもう一度ラザロの名前が出るのを最後に、彼の名前はもう聖書には出て来ません。
果たしてイエスを殺した時、彼らはラザロも殺したのでしょうか…。聖書には書かれていませんが[ii]、言い伝えではラザロはキプロスに行って大司教となり、後に殉教したとされます[iii]。今でもキプロスには聖ラザロ教会があります。これが本当なら、ラザロの暗殺は未遂に終わりました。でも最後には、キリスト者としてラザロも殺されたとも言えます。真相は分かりませんし、ヨハネも、その後日談を伝えることには関心がないようです。何と言っても、ヨハネの福音書最後の21章で語られるエピソードをもじるならば、たとえラザロがまだ死んでおらず、イエスの再臨まで生きているとしても、私たちには何の関わりもないのです[iv]。私たちは一人一人、
あなたは、わたしに従いなさい
と言われるイエスの言葉に応えるだけです。
ただ、言い伝え通り、ラザロが後に殉教したという史実は大いにあり得ますし、それはヨハネの福音書の書かれた時代、最初にこれが朗読された時の教会にとって、身近な現実でした。イエスを殺した人々、ラザロをも殺そうとした人々は、イエスのいのちをいただいたキリスト者たちをも殺そうとし、実際、多くの人々が殉教したのです。
イエスご自身、この後、13~17章の告別説教でこう語ります。
十五18~23世があなたがたを憎むなら、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを知っておきなさい。…20…人々がわたしを迫害したのであれば、あなたがたも迫害します。…
イエスを憎んだ人々は弟子たちをも憎む。そのパターンが、今日の箇所の、ラザロをも殺そうとしたという記事に重なります。それこそヨハネが、ラザロの後日談以上に心にかけていた、当時の厳しい時代に置かれた教会の一人一人への思いだったのでしょう。イエスだけでなくあなたがたも…ということです。
ここから教えられる極単純なことの一つは、無闇に奇蹟やしるし、癒しや復活が与えられたら厄介だ、という現実です。勿論、病気になれば癒しを求めます。悲しみや痛みが大きい時、奇蹟を求めるのは自然な気持ちです。しかし私たちは、悲しみ・痛み、人としての弱さや無力さを通して、人の思いを超えた神の恵みが現されて、慰めを受けたり、一層深く互いに結び合わされ、やがてすべてが新しく贖われる日を待望する、そういう信仰を与えられています。今ここで奇蹟や不思議が行われるとしたら、噂が広がって人々が集まり、落ち着いて暮らせなくなるでしょう。現代ならニュースで特集を組まれ、見物客が押し寄せ、好奇の目に晒され、プライバシーなどなくなります。平凡に暮らす人が何かのきっかけでたちまち有名人になって、生活を引っ掻き回されるドラマのようなことが起きるでしょう。そしてやっかんだり反対したりする人たちからのあれこれの攻撃が来るでしょう。
ラザロはよみがえって、果たして幸せだったろうか…。イエスの復活のしるしという責任は、非常に重かったろうな、と思うのです[v]。
ラザロが死人の中からよみがえらされたのも、人々をアッと言わせて呼び集めるためではありませんでした。そんなパフォーマンスで人々が大挙しても、そこに見るのは私たちの悲しいほどの貧しさなのです。ラザロの復活は、イエスご自身がよみがえりであり、この過越の祭りでご自身を私たちのための供え物となっていのちを捧げ、十字架に死に、その後、死人の中からよみがえることのしるしでした。
死人の中からよみがえったラザロ
という1節と9節、17節と三回繰り返す言い回しは、20章9節、21章14節でイエスが死人の中からよみがえる、という言葉に受け継がれて繰り返されます[vi]。そのイエスの死と復活は、イエスが死んでもよみがえった、凄い方だとイエスの独自な力の誇示ではなく、死者をよみがえらせる証し、私たちを死人の中で腐る生き方から救い出してくださる証しです。神から離れた人間を、神のいのちに生かし、罪の重荷と死の棘を引き受けることで私たちを今、罪赦され、神に愛されて生かされ、永遠のいのちに生かすため、イエスは死んでよみがえったのです。そのイエスの死と復活を、死人の中からよみがえらせたラザロの復活は証ししています。よみがえったラザロは、死から戻って不思議な力を帯びていたわけではないでしょう。自分から積極的にイエスを証しし伝道したともありませんが、人々が集まってきました。あるいはそれを見て、苦々しく思い、殺そうとする人々も出てきました。ラザロの存在、また、弟子たちや私たちがイエスを信じること、それはその存在だけで、驚きや興味、インパクトを持たずにはいられないことなのです。
「いいえ、私なんてイエス様の証しになんてなれません。私はラザロや立派な信仰者とは違います」とは言わないでください[vii]。イエスがよみがえられたのは、私たちを死んだ生き方からよみがえらせるためです。その証しがラザロの復活で、死人の中からよみがえらせたラザロの存在そのものが驚きだったのです。私たちは皆、同じ人間でありそれぞれに違います。一つ体でも、手と足、目と口が違うように、私たちは違いますが、一つ神の民、ひとりの主を羊飼いとする同じ恵み、同じいのちをいただいている私たちです。同じか違うか、ではなく、違っていて同じです。「イエスはすごい、ラザロもすごい、私とは違う」ではなく、「イエスの死と復活は私のため。だからラザロも復活したのだ。私たちも同じくイエスによって死者の中からよみがえるいのちを戴いている」のです。そして、私たちがイエスのいのちを戴いて、愛されている者、生かされている者、希望を持つ者、自由と喜びを得ていく時、それは、地の塩、世の光となります。「あの人と私は違う」と言う口癖が、「イエスが来て、私にもあなたにも、いのちを(希望、愛、平安…を)下さったのです」と言えるように変えられました。
結果、人の関心や反発も呼びます。その結果を気にしすぎて、証しにならなきゃ、とか、反発を受けてなんぼ、と殉教者意識を持つのは本末転倒です。イエスは外への宣教や外からの迫害についても語りますが、最も大事にさせるのは、
「わたしにとどまりなさい[viii]。
わたしのことばにとどまりなさい[ix]。
わたしの愛にとどまりなさい[x]。」
です。イエスに立ち戻り静まること、いのちのことばを戴き、恵みによって日々養われること。私を知っている方、私を私に造られた方、私の罪や考えよりも大きく、自由や希望、喜びを与えてくださる主の恵みを、主が私たちをどのように愛されているかを、十分にたっぷりといただくことです。そしてそこに立ち戻るからこそ、主がしてくださったように、互いに足を洗い、愛し合い、仕え合う生き方になるのです。特別な能力やパフォーマンスが伝道ではないのです。イエスにいのちを戴いた私たちの存在そのもの、変えられていく生活そのものが、この世界にあって不思議な証しなのです[xi]。
「いのちを与えたもう主よ。このいのち、永遠のいのち、将来の栄光のいのちも、私たちに下さった恵みを感謝します。主の死と復活により、ラザロのように私たちも復活に与り、滅びからいのちへ、憎しみから赦しへ、疑いから信仰へ、諦めから希望へと導かれています。私たちを通して、主よ、あなたが宣べ伝えられますように。反発や敵意もあるとしても、それよりも尊い、あなたの慰めと癒しがあるために、どうぞ私たちをあなたの証しとならせてください」
写真は、キプロス島の聖ラザロ教会会堂
[i] 「ユダヤ人」は、ヨハネの福音書の中で、イエスに敵意を持つ人たちを指す呼称です)
[ii] ヨハネの福音書18章8~9節では、イエスが逮捕された時、自分だけを逮捕させ、弟子たちは逃れさせることからして、ラザロも巻き添えにはされなかった、のかもしれません。
[iii] 伝説によれば、伝承によれば、後にラザロはキプロスの初代主教となった。キプロス南東の都市ラルナカにある、聖ラザロ教会の地下クリプトにはラザロの墓所がある。正教会では、伝統的に聖枝祭(主のエルサレム入城)前日の土曜日(スボタ)をラザリのスボタと呼び、キリストによるラザロの蘇生を記憶する。また、南フランスの伝承では、姉妹マルタ、マリアらと共にサント=マリー=ド=ラ=メールに辿り着き、その後マルセイユの地で布教に励んだという。2021年、カトリック教会はラザロをマリアと共にマルタの記念日である7月29日に加え一般典礼で祝うことを発表、施行した。 Wikipediaより。
[iv] ヨハネの福音書21章20~23節。
[v] 19世紀のドイツにブルームハルトという牧師がいました。彼は、赴任したメットリンゲン村で悪霊に憑かれた少女と出会い、非常に苦しくもイエスこそ勝利者だという確信に至る経験をします。最後には悪霊が自ら少女から出て行き、その後、ブルームハルト牧師と祈った村人の病気が癒される奇蹟が起き、噂を聞きつけた周囲の人々も押し寄せて、村もブルームハルトも忙殺されます。その末に、彼が言った言葉がこうです。「人々は病や痛みのためならば、神のもとに来るが、自分の罪のためには神のもとに来ようとしない。このような人々を思うと悲しくなる。このような私たちの貧しさを思うと涙が溢れる。」 井上良雄『神の国の証人ブルームハルト父子 待ちつつ急ぎつつ』(新教出版社、1982年)、頁。なお、ブルームハルトについては、大宮司 信「メットリンゲン―悪魔憑きと「神の国」思想をめぐる病跡学的考察―」(PDF)、「メットリンゲンの出来事」、説教「私たちの病を担う方」金沢元町教会、後藤敏夫「神の国の証人ブルームハルト覚書」ブログ「どこかに泉が湧くように」、などで紹介されています。
[vi] 「死人の中から」 ヨハネで2章22節、5章21節、25節、12章1節、9節、17節、20章9節、21章14節()
[vii] そういう遠慮が美徳だという発想は、日本の「謙遜」文化でなじんでいるものですが、「愚妻」「愚息」などという表現同様、むしろ、関係性を尊ばず、変えられていくべきものです。差し出された恵みを「遠慮」することを美とする態度は、福音を見えなくしてしまいます。
[viii] ヨハネ15章4節など。
[ix] ヨハネ15章7節など。
[x] ヨハネ15章9節など
[xi] いのちを戴くキリスト者の存在が、ラザロのようにイエスの証しとなります。私たちがキリストの恵みに生き生きとされる時、それを見に、人々が来ることもあるかもしれません。或いはそれを目の敵にして、憎んだり殺そうとしたりする人もいるかもしれません。両方いるのです。ですからどれだけ魅力的かを気にすることもありませんし、迫害を恐れたり、殉教者意識を持ったりすることもありません。